直江兼続の周辺人物―前田利益
漫画やゲームの登場人物として知名度は抜群、しかし実像はあまり知られていない人物の代表格といえばこの前田利益でしょう。漫画やゲームでは前田慶次として登場していますね。この前田利益も直江兼続と、そして上杉家とゆかりの深い人物です。
前田利益は生年にも諸説があり(天文2年、天文10年という2説が有力)はっきりしたことは分かっていません。通称は宗兵衛、慶次郎、慶二郎、啓次郎などがあります。彼は滝川家の生まれですが、前田利家の兄前田利久の養子になったと言われています。織田信長の命で前田家は利久ではなく弟の利家が継ぐこととなり、利益も養父の利久とともに前田家の居城であった荒子城を去りました。その後の消息も不明な点が多いですが、前田利家が能登を得るとそこに仕えたようです。
しかしやがて前田利家のもとを去り、関ヶ原の戦いの頃までには上杉家に仕えるようになっていました。関ヶ原の戦いと時を同じくして起こった上杉家と最上家、伊達家の戦いにも参加し、とりわけ熾烈を極めた長谷堂城の戦いでは死を覚悟した直江兼続を思いとどまらせ、殿軍として上杉家の撤退を成功させたと言われています。
その後上杉家は米沢に減封されますが、これに付き従って米沢に入ったようです。米沢に入ってからは米沢近郊の堂森に隠棲し、慶長17年にそこで没したとされています。前田利益はその武勇やカブキ者として有名ですが、かなりの教養人としても知られており、堂森に隠棲後は直江兼続とともに史記に注釈を入れたり、和歌や連歌を詠んだりするといった活動を行なっていました。現在も米沢市万世町堂森には彼の供養塔が残っています。