直江兼続ゆかりの地―春日山城
若き日の直江兼続が仕えた場所、それがこの春日山城でした。直江兼続は樋口与六と呼ばれた若い頃から上杉家が会津120万石へ移封となるまでこの春日山城に出仕していました。
この春日山城の歴史は意外にも新しく、15世紀半ばに守護代の長尾氏によって築かれたのが始まりとされ、それを上杉謙信の父長尾為景が大改修しました。もっとも長尾氏が築く前にももととなったものがあり、それは南北朝時代までさかのぼるものとされています。春日山城は長尾為景から息子の長尾晴景(上杉謙信の兄)、上杉謙信、上杉景勝と引き継がれ、慶長3年(1598年)に上杉家が会津120万石へ移封となると越前国北ノ庄18万石から堀秀治が移ってきました。慶長11年(1606年)には堀秀治が急死したため息子の堀忠俊が城主となりますが、春日山城は平時の政治を取り仕切るには不便として慶長12年(1607年)の福島城完成に伴い堀家はそちらへ移り、春日山城は廃城となりました。
春日山城は鉢ヶ峰城とも呼ばれますが、春日山山上に築かれた山城であり、難攻不落の名城として知られています。現在は新潟県上越市に城跡のみが残っており、当時をしのばせる建物としては林泉寺が残っているだけとなっています。春日山城までの交通手段としてはJR東日本信越本線春日山駅下車、徒歩30分。もしくはJR東日本信越本線北陸本線直江津駅より頚城バス14分(林泉寺入口)徒歩20分。車では北陸自動車道上越ICより、15分となっています。