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直江兼続ゆかりの地―会津若松城

慶長3年(1598年)に上杉家が会津へ移封になったときから関ヶ原の戦いの後米沢30万石に移封となるときまでの比較的短い期間に直江兼続が仕えていたのがこの会津若松城です。


会津若松城は名前の多い城としても知られています。例えば会津若松城以外にも黒川城や会津城などと呼ばれていた時期もありますし、地元では一般的に鶴ヶ城と呼ばれています。また国の史跡としての指定名称は、若松城跡となっています。


そもそもこの会津若松城は至徳元年(1384年)に蘆名直盛が建設したのが始まりとされ、以後代々蘆名氏の城としてその歴史を刻んでいますが、この頃は黒川城と呼ばれていたようです。天正17年(1589年)には伊達政宗が蘆名氏を攻め滅ぼし、黒川城を手に入れますが、ここは豊臣秀吉に召し上げられます。


代わって入ったのが蒲生氏郷で、氏郷は大規模な改築を行ない、名を鶴ヶ城と改めています。やがて氏郷が亡くなるとそこに上杉家が入ってきますが関ヶ原の戦いの後は再び蒲生家の所領となります。それから加藤家、保科家と主を変え、保科家(後に松平と改姓)が幕末に至るまで城主となっています。城自体は幕末の戊辰戦争のときの損傷がひどく、現在見られる天守閣は昭和に立て直されたものとなっています。


会津若松城への交通手段はJR会津若松駅より路線バス鶴ヶ城・飯盛山に乗車し「鶴ヶ城北口」下車。またはまちなか周遊バス「ハイカラさん」または「あかべぇ」に乗車し「鶴ヶ城北口」または「鶴ヶ城三の丸口」下車徒歩5分。 高速バスだと(仙台・福島・郡山・いわき・新潟・野沢の各線)の起終点「鶴ヶ城・合同庁舎前」で下車徒歩約10分などとなっています。

         

直江兼続ゆかりの地

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